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Anthropicがスタンフォード教授の本を使っていた件、何が問われているのか

スタンフォード大学の教授たちの本が、AnthropicのAI「Claude」の学習に無断で使われていた――そんな裁判の話が、大学の学生新聞という形で報じられた。単なる著作権トラブルではなく、AI企業が学習データをどう集めるべきか、そもそも「学習」はどこまで許されるのかを突きつける内容だ。しかも争点は、過去の違法な取得と、正規に買った本を使うことを法律上どう分けるかにも及んでいる。AIの進化を支える材料の多くが本や記事だと考えると、これは業界全体の足元を揺らす話でもある。

スタンフォード教授の著作がClaudeの学習に使われたとされる経緯

記事によると、米AI企業Anthropicは、スタンフォード大学の10人超の教授の著作を違法に収集し、Claudeの学習に使っていたと連邦判事が判断した。報道では、少なくとも教授 Tobias Wolff、Abraham Verghese、Chang-Rae Lee、Daniel Mason、Hayagreeva Rao、Myra Strober の本が、許可なく使われていたとされる。問題になったのは、いわゆる“shadow libraries”と呼ばれる違法配布サイトで、LibGenやPiLiMiのような場所から本をダウンロードし、複製し、配布したことだ。

裁判は Bartz v. Anthropic という集団訴訟で、Authors Alliance はこれをAI企業を相手取った著作権和解としては最大規模だと呼んでいる。判事 William Alsup は、Anthropicが本を盗んで「永久的な中央ライブラリ」を作ることは認められないとしながらも、合法的に入手した本を使ってClaudeのLarge Language Models、つまり大規模言語モデルを訓練すること自体は fair use、著作権法上のフェアユースに当たると述べた。判事は、人間が本を読んで内容や文体を吸収するのと似ている、と説明している。

この和解では、約50万点の登録作品の著者と出版社に15億ドルが支払われた。ただし、Wolffら28人の著者は、それでも不十分だとして和解に同意しなかった。Wolffは「自分の作品を無断で働かせるのは、奴隷労働のようなものだ」と強い言葉で批判している。彼によれば、10点の自身の著作がAI学習に使われていたという。さらに彼は、和解がAnthropicにかなり自由に文学作品を拾い上げられる余地を残しているとも述べた。

Wolffと英文学者のChang-rae Leeは、集団訴訟とは別に Cruz v. Anthropic という訴訟を起こし、陪審裁判と、侵害された作品ごとに最大15万ドルの法定損害賠償を求めている。集団和解で見込まれる1作品あたり約3000ドルより、はるかに大きい金額だ。もし彼らが勝てば、Claudeが彼らの作品で学習することを恒久的に禁じる差し止め命令も得られる可能性がある。

一方で、スタンフォード法科大学院の知財研究者でもある Paul Goldstein は、AI企業が抱える難しさも指摘している。学習のたびに何百万もの著作物が複製されうるため、すべての著作権者から個別に許諾を取るのは現実的ではない、というのだ。記事では、Anthropic以外にも OpenAI や Microsoft を含む訴訟が進んでおり、著者団体 Authors Guild は、AI企業に書籍のライセンス取得を義務づける明確な法律が必要だと主張している。Mary Rasenberger は、ライセンスがあれば著者と出版社に対価が支払われ、さらに出力に作品が現れないようフィルターを求めることもできると説明した。

フェアユースが認められても、違法入手まで許されるわけではない

この件でまず面白いのは、裁判所が「学習そのもの」を全面否定していないことだと思う。判事は、正当に買った本を使ってモデルを訓練するのは fair use になりうると言った。つまり、AIの訓練は自動的に違法、という単純な話ではない。ここまでは、少なくとも法律が現実の技術に歩み寄ったようにも見える。けれど同時に、違法に手に入れた本を中央ライブラリに集めて保存する行為は別だ、と線が引かれた。この切り分けは重要で、AI企業にとっては「学習できるか」だけでなく、「どう集めたか」が問われる時代に入ったことを示していると思う。

ただ、ここにはかなり厄介な矛盾も残る。学習は認めるが、取得方法は違法だとアウト。そうなると、企業はデータ収集の段階でちゃんとライセンスを取り、記録を残し、出所を証明しなければならない。ところが記事中の Goldstein の言う通り、学習データの規模は巨大で、個々の作品について交渉するのはほぼ不可能に近い。ここで「不可能だから仕方ない」と流してしまうと、結局、先に大量取得した企業が有利になる。逆に厳しすぎると、今度は新規参入企業が学習データを確保できず、巨大企業だけが生き残る。法律が今まさに、技術の速度に追いつけていない感じがする。

15億ドルの和解があっても著者が納得しない理由

Wolffらが和解に乗らなかったことも、この問題の根の深さを表している。普通なら、15億ドルという数字だけ見れば十分大きい。しかし著者側にとっては、金額だけでは終わらないのだろう。彼らが気にしているのは、自分の文章や物語が、見えない形で学習素材にされ、しかも将来の創作市場を削ってしまうことだと思う。Wolffが「若い作家の生活が難しくなる」と語っていたのは、その不安の核心を突いている。出版社やベテラン作家より、これから名前を売る段階の人ほど打撃を受けやすいからだ。

さらに、著作権侵害の争いは「作品にいくら払うか」だけではなく、「誰の名前がどこで使われたか」という名誉や信用の問題にも広がっている。Goldstein が語る attribution、つまり著作者名をきちんと示す権利の話は、日本の読者には少し遠く感じるかもしれないが、実はかなり本質的だと思う。AIが成果物を大量に再構成できるようになるほど、元の作者が消えていく。お金を払えば済むのか、それとも名前を残すことまで求めるのか。著作権だけでなく、創作の尊厳の問題でもある。

AI企業にとっては「学習の自由」より「出所管理」が本丸になりそうだ

この報道を読んで強く感じるのは、AI企業がこれまで「大量に集めること」に最適化しすぎていたのではないか、という点だ。モデルの性能競争では、学習データが多いほど有利だと考えられてきた。そのため、ウェブ上のあらゆる情報を広く集める発想が強かった。しかし、今後はただ量を集めるだけでは済まない。どこから来たデータなのか、権利者は誰か、ライセンスはあるのか、削除要求に対応できるのか。こうした管理能力そのものが競争力になると思う。

Anthropic の件は、AIの倫理論争というより、実務の話として重い。著作権を軽視した学習で一時的に速度を出しても、あとから巨額の和解や訴訟でコストを払うことになる。しかも、和解で解決したように見えても、別訴訟が続けば終わらない。企業側から見れば、今や「先に作って後で払う」モデルは危うい。むしろ最初からライセンスを組み込むか、学習対象を明確に管理できる仕組みを持った企業のほうが、長期的には強いのではないかと思う。

この争いは文学だけで終わらない

もう一つ見逃せないのは、この訴訟が本の著者だけの話ではないことだ。記事では、著者、視覚芸術家、ニュースメディアがAI企業を相手に70件以上の侵害訴訟を起こしているとある。つまり争点は、「本を学習に使ってよいか」ではなく、あらゆる創作物をAIがどこまで自由に吸収できるかという、より広い境界線の問題だ。The New York Times や Getty Images のような大手が含まれているのも象徴的で、テキストも画像も一斉に巻き込まれている。

その意味で、スタンフォードの教授たちの本が争点になったのは偶然ではない。大学の研究者や作家の著作は、知識の蓄積そのものだ。そこを無断で集めて学習させたなら、AIは「知識を使う技術」ではなく「知識を無断収集する技術」と見られかねない。私は、ここで業界が本当に向き合うべきなのは、AIをどこまで賢くするかより、どうすれば創作者と共存できるかだと思う。性能だけを追う時代は、そろそろ終わりに近いのではないか。


参考: Anthropic illegally trained Claude with Stanford professors’ books

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