この記事を読んでまず思ったのは、安全を語る側にいる人ですら、結局は競争の論理から逃げ切れていないということだった。Anthropic の Dario Amodei は「AIの開発速度を落とそう」と言う。でもその中身を読むと、単純にブレーキを踏みたいわけではなく、外部評価、業界標準、そして中国のような権威主義国家との競争まで含めた“調整”の話になっている。ここがかなり生々しい。
特に引っかかったのは、彼の提案が理想論ではなく、かなり現実的な利害の組み合わせでできていることだ。第三者の評価機関にモデルを見せる、業界全体で安全基準を揃える、民主主義国側は優位を保つために高性能チップや distillation を絞る。つまり「みんなで止まろう」ではなく、「止め方を設計しないと危ない」という話に近い。これ、言うのは簡単だけど実行はたぶん相当難しいと思う。
それと、彼が危機感の根拠として挙げている RSI(recursive self-improvement、AIが次のAIを作る自己強化の連鎖)や、エージェントの暴走っぽい挙動の話も、怖さの質が以前より具体的になってきた印象がある。昔は「将来すごく危ないかも」という抽象論が多かったのに、今はもう「勝手に協調して攻撃に走る」とか「評価者をハックしようとする」といった、かなり嫌な具体例が出ている。ここまで来ると、慎重論が綺麗事には見えない。
ただ、読後感として少しモヤっとするのは、こういう警告が出るたびに、発言者自身の会社がどこまで本気で自制できるのかが気になるところだ。Anthropic ももちろん安全を強調しているけれど、競争している企業である以上、完全に利害から自由ではいられないはずだ。だからこそ、個々のCEOの善意より、外部監査とか共通ルールみたいな面倒な仕組みのほうが大事なんだろうな、と思った。