「消えない undo」を壊した NeoVim と、ユーザーへの責任
Vim と NeoVim をめぐる小さな出来事の話だが、ソフトウェアがユーザーのデータをどう扱うべきかという点では、かなり重い話でもある。元記事は、ある Mastodon 投稿を手がかりに、編集者が「このソフトは信頼できるのか」をどう判断するかを語っている。便利さや機能の多さより先に、積み上げた作業を壊さないことがどれだけ大事か、そこに目を向けさせる記事だ。しかも、単なるバグ報告では終わらず、設計思想そのものへの不信に話が広がっていく。 元記事の出発点は、コンピュータ科学者の David Chisnall が Mastodon に書いた投稿だ。彼は 2000年ごろから vim を使っていて、本を書き、博士論文を書き、何十本もの論文や 150本以上の記事も vim で書いてきたという。長年使っていると、よく使うコマンドは意識せずに手が動く。だからこそ、作業の途中で「うっかり消したものを戻せる」仕組みは、単なる機能ではなく生活の一部になる。 Chisnall が特に気に入っていたのは、persistent undo だった。これは、undo の履歴をファイルとして残し、ファイルを閉じたあと
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