Cognitionが、新しいコーディングモデル「SWE-2」を公開した。単に精度を上げたという話ではなく、推論にどれだけ時間やコストをかけるかという“使い勝手”まで含めて改善した、というのがこの記事の肝だ。人がコードを書くときと同じで、何でもかんでも深掘りすればよいわけではない。SWE-2は、その線引きをモデル側でうまくやれるようにした、とCognitionは主張している。今回はその中身と、そこにどこまで意味があるのかを見ていく。
CognitionはSWE-2を「これまでで最も高度なcoding model」と位置づけている。狙いは、能力とコストの両方を見たときの“Pareto frontier”を押し広げることだ。Pareto frontierとは、性能を上げようとするとコストが上がり、コストを下げようとすると性能が落ちる、というトレードオフの境界を指す。SWE-2はその境界上で、より安く、あるいはより高性能に動ける点を増やしたという説明になっている。
同社によれば、SWE-2はFrontierCode 1.1 Mainで50.0%を記録した。これはFable 5.1に1ポイント以内まで迫る水準で、しかも64%安いという。さらにFrontierCode 1.1 MainとDeepSWE 1.1では、SWE-1.7やGrok 4.6を性能とコストの両面で上回り、GPT-5.6 SolやFable 5/5.1にはかなり低い価格で並び、GPT-6 Astraにも4分の1のコストで数ポイント差まで迫るとしている。内部の表では、FrontierCode 1.1 MainでSWE-2が50.0%、Kimi K3が44.2%、Grok 4.6が48.0%、Fable 5.1が50.9%、GPT-5.6 Solが47.5%、GPT-6 Astraが53.3%、SWE-1.7が42.0%だった。DeepSWE 1.1ではSWE-2が73.0%、Terminal-Bench 2.1では92.8%、Terminal-Bench 4では27.3%とされている。
技術面での大きな変更点は、RL(reinforcement learning、強化学習)を多兆パラメータ規模まで拡張したことだという。土台には、すでにagentic coding向けのRLを大量に施した2.8TパラメータのKimi K3を使っている。Cognitionはそこからさらに後段の学習を行い、SWE-1.7の訓練基盤とレシピを踏まえつつ、1回のRL実行の中で複数の“effort level”をまとめて学習する手法を導入した。effort levelは、どれだけ時間をかけて考えるか、どれだけ探索するかの段階だと思えばよい。
学習では、努力量ごとにコストペナルティを入れる。式で言えば、成功したかどうかを表すSから、コストCに努力レベルごとの係数λを掛けたものを引く形だ。これを、ベースモデルのPareto frontierの傾きに合わせて調整することで、前線全体を押し上げるのが狙いだと説明している。加えて、SWE-1.6以来使ってきた長さ重み付きのreward baselineで学習を安定させ、RL rollout servingの改善やNVFP4/FP8 kernels、quantization-aware trainingでメモリ使用量とtrain-inference mismatchを抑えたとも述べる。訓練データ側ではRL環境を3倍に増やし、instruction-followingのoverlayを加え、過去のSWE-2チェックポイントを使ってverifierを段階的に鍛える仕組みも入れた。
振る舞いの面では、SWE-1.7よりずっと少ない手数で動く点を強調している。FrontierCode 1.1 Mainでは、SWE-2 mediumはSWE-1.7より58%少ないturn数で、平均コストも81%安かった。SWE-1.7がまず広く探索してから編集する傾向があったのに対し、SWE-2は関係ありそうな部分だけを見て、より早く実装に入る。実際、最初の本格的な編集までの中央値はSWE-1.7の48 stepに対し、SWE-2 mediumは18 stepだった。内部観察としては、エンドツーエンドでテストを書く力、別ルートを探す融通、疑わしいときに結論を言い直すのではなく再検証する態度が挙げられている。SWE-2は今日からDevin DesktopとCLIで使え、Devin WebとFusionにも順次広げるとしている。
この記事でいちばん興味深いのは、SWE-2が単に“賢い”だけでなく、“賢く迷わない”方向に寄っていることだと思う。コーディングエージェントを使っていると、性能そのものより、無駄にファイルを読み回ったり、似たログを何度も確認したりする挙動のほうが体感に残る。SWE-1.7はそこを丁寧にやりすぎる傾向があった、とCognition自身が認めている。SWE-2はその反省を受けて、探索を絞り、早く編集に入るようになった。これはベンチマークの点数より、実際の作業時間を縮める効果が大きいはずだ。
ただし、ここには難しさもある。探索を減らせば速くなるが、コードベースの全体像を見落としやすくなる。逆に慎重すぎると遅い。Cognitionはその中間点を、effort levelを分けて学習することで扱おうとしている。mediumは軽いタスク向けにすぐ動き、highやmaxは複雑なタスクで粘る。理屈としてはかなり筋がいい。実運用でも、常に最上位の推論を回すより、状況に応じて考える深さを変えられるほうが使いやすい。SWE-2が本当に評価されるとしたら、単発の高得点ではなく、この切り替えの自然さではないかと思う。
SWE-2のもう一つのポイントは、コストを後から削るのではなく、学習目標の中に正面から入れていることだ。この記事は、成功率だけでなくUSD換算の推論コストやrollout時間まで含めてrewardを組み立てている。これは地味だが重要で、実サービスでは「正しい答えを出すか」だけではなく、「その答えにいくらかかるか」が導入の可否を左右するからだ。特にcoding agentは、短い質問応答よりも長い探索と実行を伴うので、コスト差がそのまま製品競争力に出る。
一方で、こうした最適化はベンチマークを見栄えよくする方向に偏る危険もある。たとえば、コストペナルティを入れれば、モデルは“安く見える”振る舞いを学習するかもしれない。だからこそCognitionは、単純な固定係数ではなく、Pareto frontierの局所的な傾きに合わせてλを決めると言っているのだろう。これは理屈としては洗練されているが、外からは本当に現実の作業コストと整合しているのかを確認しにくい。私なら、こうしたモデルは総合スコアだけでなく、実際の開発現場でのタスク完了時間や手戻り率も見たい。そこで強いなら、初めて“コストを学習した”と言えるはずだ。
SWE-2の数字はかなり印象的だが、ベンチマークの並び方をそのまま実務の序列と見なすのは危ないと思う。記事が並べているのはFrontierCode、DeepSWE、Terminal-Benchといったコーディング寄りの評価で、少なくとも方向性は分かる。ただ、実際の開発現場では、レガシーコード、社内ルール、仕様の曖昧さ、レビュー文化など、ベンチマークに載りにくい要素が大きい。SWE-2が「本当に信頼できる」と言うには、そこをどれだけ崩さずに処理できるかが問われる。
それでも、今回の発表で評価したいのは、Cognitionが“もっと考えさせる”より“適切な深さで考えさせる”方向に明確に寄せたことだ。AIコーディングツールの競争は、もう単なる出力の良し悪しだけではない。どれだけ少ない試行で、どれだけ納得感のある変更を出せるか。そこに価値が移っている。SWE-2は、その変化をかなり露骨に体現したモデルだと思う。だからこそ、これが一時的なベンチマーク勝ちに終わるのか、それとも実際の開発習慣を変えるのかが次の見どころになる。