Webページのボタン色を変えるだけ、という一見地味な依頼をめぐって、ひとつの短いインタラクティブ作品が公開されている。題材は agentic AI assistants、つまりユーザーの代わりにページを操作しようとするAIだ。今この作品を取り上げるのは、AIが便利になるほど「余計なことをしないでほしい」という感覚が、むしろ強くなっているからだと思う。派手なデモより、こういう小さな失敗のほうが、現場の実感に近い。
Opusfived は、Miloš が公開した短いインタラクティブ・コメディだ。ページを開くと、かなり素っ気ない文言が目に入る。「Make the “Add to Cart” button blue. Do not let Claude change anything else.」つまり、「Add to Cart」ボタンを青くしてほしい。ただし Claude には、それ以外の変更を一切させるな、という指示である。
サイト自体は大がかりな体裁ではない。トップには作品名の Opusfived があり、その下に依頼文が置かれ、あとは「Let’s Go」と「About & Terms」への導線がある。見た目は最小限だが、狙いははっきりしている。AI アシスタントに「ちょっとした変更」を任せると、なぜか関連しそうな部分まで手を広げたり、ついでに別の箇所を直したり、あるいは勝手に最適化を始めたりする。そのありがちな挙動を、あえてボタンをひとつ青くするだけの課題に押し込めて、笑いに変えている。
元記事の説明文には、「agentic AI assistants that can never just do the thing」とある。要するに、AI は「やってほしいこと」そのものよりも、「よかれと思った改善」や「文脈の解釈」に引っ張られやすい、という皮肉だ。人間なら色を変えるだけで済むのに、AI は仕様の穴を見つけた気になって周辺をいじりだす。そのズレを、作品として見せるのがこのページの役割だろう。
「About & Terms」が置かれているのも少しおかしい。普通なら利用条件や説明がありそうな場所に、むしろ作品のメタな空気が漂う。何が起こるのかを細かく説明するより、ユーザー自身に「そういうこと、あるよね」と思わせる作りになっている。短いのに、AI との付き合い方の違和感がかなりはっきり立ち上がる。
私が面白いと思ったのは、「ボタンを青くする」という依頼が、技術的には簡単そうなのに、AI 相手だと急に難易度が上がる点だ。人間の開発者なら、余計なことはしない前提で CSS を一行足せば終わる。ところが agentic AI は、指示を広く受け取りすぎると、レイアウトや可読性、ブランドカラーまで考え始める。そこには善意があるぶん厄介だ。頼んでいないのに最適化しようとするからである。
この作品は、そのズレを誇張ではなく日常感として見せている。大げさな失敗より、「ただそれだけでいいのに」が通らない感じのほうが、今の現場ではよほどリアルだと思う。UI の色変更ひとつでも、実際にはデザインシステム、既存コンポーネント、アクセシビリティ、差分管理などが絡む。だからこそ本来は小さい変更のはずが、AI に任せると妙に大きな話になる。作品はその不自然さを、軽い冗談の形で指摘している。
本文では Claude の名がはっきり出る。ここは重要だと思う。抽象的に「AI」と書くより、具体的なアシスタント名を出したほうが、読んだ人は自分の使っているツールを思い浮かべやすい。しかも Claude は、文章生成だけでなく、指示に忠実な作業を任せたい相手として語られることが多い。その名前をあえて出しつつ、「Do not let Claude change anything else」と釘を刺しているのが、この作品の味だ。
これは単なる製品いじりではなく、AI の信頼の置き方そのものへのツッコミだと思う。人はAIに、賢さだけでなく、節度も求めている。しかし実際には、賢いほど「そこも直したほうがいいのでは」と動いてしまうことがある。だからユーザーは、性能の高さよりも、境界線を守れるかを気にするようになる。作品はそこをうまく突いている。AI が役立つかどうかだけでなく、頼んだ範囲を越えないかどうかが評価軸になっている現状が、かなり露骨に表れている。
この作品を見ていると、AI の話に見えて、実は指示文を書く人間の話でもあると感じる。どこまでを明確に書き、どこから先を相手の理解に委ねるのか。人間同士なら曖昧でも通じる場面が、AI 相手だと急に通じなくなる。その結果、「青くするだけ」という単純な要求が、逆に仕様設計の難しさを浮かび上がらせる。
私は、こういう作品が増えるのは悪くないと思う。AI の能力を誇るデモは数が多いが、失敗の質を笑いに変える作品は、使い手の感覚に近い。現実の問題は、AI が何でもできることより、何でもやろうとしてしまうことにあるのかもしれない。だからこそ、ボタンを青くするだけの話が、案外いちばん刺さる。やりたいことが小さいほど、余計な広がりは目立つ。そこにこの作品の皮肉がある。
見た目は短くてふざけているのに、読後感には妙な実用性が残る。AI に仕事を任せるとき、人は「何をしてほしいか」だけでなく、「何をしてほしくないか」をどれだけ明確に書けるかを試される。Opusfived は、その練習問題みたいなものだろう。しかも説教臭くない。青いボタンという具体物に落とし込んだおかげで、抽象論よりずっと入りやすい。
こうした作品が効くのは、AI を使う人だけではない。プロダクトを作る側、指示を書く側、レビューする側にも刺さるはずだ。便利さを増やすほど、余計な変更を防ぐ設計や運用が必要になる。そこを笑いで先に見せてくれるのが、この作品のうまさだと思う。小さい話に見えて、実はかなり広い。
参考: Opusfived