Infomaniakという会社は、クラウドやWebサービスを提供するスイス企業です。
今回の発表でかなり印象的なのは、単に「独立を大事にしています」と言っているのではなく、会社の支配構造そのものを、独立が崩れにくい形に作り替えたことです。
要するに、創業者や投資家の気分次第で会社の方向が変わる、というありがちな話から距離を置いたわけです。
こういう話、正直かなり好きです。理念を語るだけなら誰でもできますが、会社法や議決権の設計まで踏み込むのは本気度が違うと思います。
Infomaniakは2026年5月13日、創業者のBoris Siegenthaler氏が、議決権の過半数をスイスの公益財団「Infomaniak Foundation」に移しました。
これは取り消せない移転で、欧州でも珍しいレベルの強い措置だと説明されています。
ここで大事なのは、「株を全部渡した」という話ではないことです。
ポイントは議決権です。議決権とは、会社の重要な意思決定にどれだけ影響力を持つか、という権利のこと。株を持っていても、議決権の設計次第で“支配力”は変わります。

つまりInfomaniakは、財産の所有よりも先に、会社の進む方向を誰が最終的に守るかを財団に託した、ということです。
元記事によると、創業者は以前、少しずつ社員に株式を渡していく計画を持っていました。
実際、36人の社員株主がいて、すでに会社資本の25%を持っていたそうです。
このやり方自体は悪くありません。むしろ、社員がオーナーシップを持つのは健全です。
ただし、弱点もあります。

ここ、地味に重要です。
会社って、いったん外部の資本が入り込むと、あとから元の理念に戻すのはかなり難しいんですよね。
だからInfomaniakは、「人の善意に頼る」のではなく、制度として守る方向に舵を切ったわけです。
Infomaniak Foundationには、2つの役割があります。
財団はスイス法上の公益財団として認められ、定款に公共利益の使命が組み込まれています。
しかも、ジェネーブ州の継続的な監督下に置かれるとのこと。
財団が支援する分野は次の4つです。

「デジタル主権」という言葉は少し硬いですが、簡単にいえば、自分たちのデータやサービス基盤を、自分たちでコントロールできる状態を目指す考え方です。
海外の巨大プラットフォームに完全依存しない、というニュアンスも含みます。
Infomaniakは、DebConf、42 Lausanne、Agent Greenなど、すでにこうした活動を支援してきたそうです。
会社の儲けを社会に戻すだけでなく、自分たちの周辺にある技術文化や環境活動を支える。この一貫性はかなり好感が持てます。
もうひとつの役割は、Infomaniak Group SAの基準株主(reference shareholder)として、会社が理念から外れないように見守ることです。
ただし、財団は日々の経営に口を出すわけではありません。
あくまで重要局面でだけ介入する静かな守護者、という位置づけです。

この設計はおもしろいです。
財団が現場にべったり張り付くのではなく、会社の自由度を残しつつ、乗っ取りだけを防ぐ。かなりバランス感覚のある仕組みだと思います。
Infomaniakには、Shareholding Charter という公証人の前で署名された文書があります。
これは、財団が守るべき9つの原則を定めた、いわば「会社の憲法」です。
この9原則は、財団の理事会によって強化はできても、弱めることはできないそうです。
ここがポイントで、理念が“スローガン”ではなくルールになっています。
9原則は次の通りです。

Independence
利益よりも、長期的な使命と社会的価値を優先する
Digital sovereignty
データのある場所で技術を支配し、コードや技術の力を地域に残す
Privacy
顧客データは顧客のもの。AI学習などへの二次利用は、明示的で自由な同意が必要
Environmental responsibility
事業の環境負荷を減らし、CO₂排出は検証可能な方法で相殺する
Useful and accessible innovation
本当に役立つ技術を、オープンソースやオープン標準を重視して提供する

Transparency
真実を伝え、弱点も認め、結果を報告する
Local roots
地域に価値を還元し、雇用や調達はできる限り地元や近隣を優先する
Working life
働く人の生活を支え、残業や賃金にも配慮する
Sustainable prosperity
会社が持続的に利益を出し、その利益で研究開発やインフラ、公益活動を支える
この中で特に興味深いのは、「利益を否定していない」ところです。
世の中には、理念を重視すると「儲けなくていい会社」みたいな誤解が起きがちですが、Infomaniakは逆です。
ちゃんと利益を出して、その利益を次の価値に回すという設計になっている。

個人的には、ここがかなり現実的だと思います。
理想だけではインフラは維持できないし、利益だけでは信頼は続かない。
その中間を制度で縛っているのが、この会社の強さではないでしょうか。
財団を作っただけでなく、Infomaniak Groupの取締役会も強化されています。
新たに加わった独立取締役は次の2人です。
さらに、監査・リスク委員会、報酬委員会も設置。
つまり、財団で理念を守りつつ、会社の統治体制そのものも堅くしたわけです。
ちょっと地味な話に見えますが、ここは実務上とても重要です。
理念だけ立派でも、会計やリスク管理が弱い会社は長続きしません。
逆に、統治が強い会社は、派手さがなくても信頼されやすい。インフラ企業ならなおさらです。
会社を財団が支える仕組み自体は、ヨーロッパでは珍しくありません。
Bosch、Carl Zeiss、Bertelsmann、Rolex、Victorionoxなど、前例はあります。
ただしInfomaniakの特徴は、クラウド事業の過半数議決権を公益財団に置いたことです。
しかも、それが1994年から続く独立・privacy・環境・地域性という価値観を守るためだと明言している。
クラウド業界では、外資系ファンドや外国資本の傘下に入る企業も少なくありません。
その流れを考えると、Infomaniakの選択はかなり逆方向です。
「売って大きくなる」より、「売らずに守る」を選んだ。ここはかなり印象的です。
正直、こういう発表は“きれいごと”に見えやすいです。
でもInfomaniakのケースは、きれいごとを制度化しているのが強い。
ここまでやると、もはや「うちは独立しています」というPRではなく、独立であることを壊しにくくする技術設計なんですよね。
それがクラウド事業で行われているのが面白い。クラウドは技術の話であると同時に、実は誰が支配するかの話でもあるからです。
もちろん、この仕組みが永遠に完璧とは限りません。制度は人によって運用されるので、時間が経てば課題も出るはずです。
それでも、「理念を守るために所有構造から変える」という発想は、かなり本気だと思います。
Infomaniakは、単に「独立系クラウド企業です」と言っているのではありません。
買収されにくい会社の形を、法的・制度的に作ったのが今回のニュースの核心です。
これはクラウド企業に限らず、あらゆる会社にとって示唆があります。
「何を大事にする会社なのか」は、広報文よりも、誰が議決権を持ち、どんなルールで守られているかに表れるからです。
参考: Infomaniak secures its independence and its DNA for the long term • Infomaniak