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肝臓だけ妙に強いのはなぜか、という話から見えてくる人体の設計

人間の体は、よくできているようでいて、細部を見るとずいぶん不親切です。腎臓は少し傷めるだけで回復力に限界があり、歯ぐきや神経、心臓の細胞も、失ったものをきれいに取り戻せません。そんな中で、肝臓だけがやけに粘り強い。傷ついても瘢痕を残さず治りやすく、かなり削っても元に戻る。このギャップをめぐって、dynomight は「体は肝臓以外ぜんぶダメなのではなく、むしろ多くの部位がわざと壊れやすくなっているのではないか」と考えます。単なる生物の愚痴に見えて、実はがんとの駆け引きの話です。

dynomight がたどった「肝臓だけ別格」という見方

元記事はまず、人体のあちこちが思った以上に脆い、と愚痴っぽく始まります。腎臓は成人後に少しずつ傷んでいき、ビタミンDを摂りすぎたり、脱水状態でibuprofenを飲んだりしてもダメージを受けうる。いったん大きく損なわれると瘢痕が残り、機能は永久に落ちます。歯ぐきも、強く磨きすぎたりフロスを怠ったりすると下がって戻らない。だが肝臓は違う。傷ついてもたいてい瘢痕を残さず治り、加齢してもかなり長く強さを保ち、半分を誰かに移植しても数か月で元の大きさと機能に戻る。筆者はここから、「体を設計した誰かに、肝臓の設計を全身に広げてもらいたい」と言います。

ただし、そこで逆転の発想を入れます。肝臓が特別に優秀なのではなく、むしろほかの部分があえて再生しにくく作られているのではないか、という見方です。例として挙げるのは、閉経、切断された脚の再生不能、テロメアの短縮、移植臓器の拒絶、1型糖尿病のように免疫が膵臓を攻撃する話、成体では神経細胞がほとんど増えないこと、そして細胞内のjunkが蓄積すること、血管新生がふだん抑えられていることなどです。いずれも、体を長持ちさせるというより、どこかで制御が止まり、回復が鈍る仕組みに見える。

筆者は特にテロメアを例に、これは単なる失敗ではなく「がん対策としての設計」だと押し出します。細胞が増え続けると、どこかで突然変異を起こしてがん化する危険がある。そこで、細胞分裂を重ねるとテロメアが短くなり、やがて分裂を止める仕組みがあれば、がん細胞が無限増殖する前に足止めできる。実際、胚発生後の体はテロメラーゼという、テロメアを伸ばすための酵素をほとんど使わない。完全に止めているわけではなく、幹細胞や生殖細胞などでは働くが、通常の組織では抑えられている。つまり、再生能力を高めると、そのぶんがんのリスクも上がる。筆者はこのトレードオフを「癌税」と呼ぶ感覚で説明します。

同じ理屈を、脚の再生や腎臓の修復にも当てはめます。もし人間が切断後に脚を再生できるなら、全身の細胞が「急速増殖モード」に入る仕組みを持たねばならず、それはがんに近い状態を広く体内に残すことになる。腎臓がもっと修復的であれば、腎臓がんも増えるかもしれない。逆に肝臓は、腸のすぐ下流にあり、毒素や細菌由来物質を高濃度で受け止めるうえ、解毒の過程そのものが自己損傷を伴うので、強い再生力が必要だったのだろうというのが定番の説明です。別の定番説明として、皮膚や腸の表層も再生が激しい一方で、皮膚がんや大腸がんはありふれている。心筋や神経は増えないので心臓のがんはまれだし、脳腫瘍も多くは神経細胞そのものではなく別種の脳細胞から起きる。要するに、再生力とがんリスクは天秤にかかっている、というのが記事の中心的な主張です。

「再生力が高いほど危ない」は、半分だけ正しいと思う

この文章で面白いのは、人体を「壊れたプロダクト」扱いしているようでいて、実はかなり冷静に進化の取引を見ている点です。肝臓の回復力だけを理想化すると、他の臓器も同じように直せばいいじゃないか、となりがちです。でも記事は、そう単純ではないと押し返す。細胞を増やせることは便利ですが、その仕組みはがんと紙一重です。しかもがんは、単に細胞が増えるだけでなく、免疫をすり抜け、組織の構造を崩し、周囲に広がる。再生を広げる設計が、同時にこの暴走を助けるなら、進化がその方向を慎重に避けたのは自然です。ここはかなり筋が通っています。

ただ、私は「だから壊れやすさは合理的だった」と言い切るのも少し乱暴だと思います。実際には、再生できない理由はがん以外にもたくさんあるはずです。神経や心筋のように、細胞同士の接続そのものが機能を作っている組織では、単純な再生は回路の再構成を意味します。記憶や学習を担う脳で、新しい細胞をどんどん足すのが本当に得かは、別問題です。つまり「再生しないのはがん予防のため」という一本槍ではなく、構造の複雑さ、発生の制約、修復にかかるコストが重なっていると見る方が自然でしょう。記事はそこを完全には否定していませんが、あえてがんを軸にまとめることで、体の“雑さ”に意味を与えています。

肝臓が強いのは、優秀というより勤務条件が過酷だからだと思う

肝臓の再生力が特別に見えるのは、それが「贅沢な能力」だからではなく、仕事の性質上、失えないからだという見立てがよく効いています。肝臓は腸の直後にあり、外から入ってくる毒や病原体、代謝産物の処理を一手に引き受ける。しかも解毒は、無害化のためにいったん別の反応性の高い物質を作ることも多く、自分自身を傷つけやすい。こういう場所にある臓器だけは、多少傷ついてもすぐ立て直せないと困る。記事はこの点を、ほかの臓器との比較でうまく浮かび上がらせています。

ただ、ここでも私は「肝臓だけが例外」というより、「肝臓は例外に見える条件がそろいすぎている」と感じました。そもそも肝臓は、内部の機能単位が比較的反復的で、部分を失っても全体の構造を保ちやすい。半分を失っても、残った部分が膨らんで戻るという説明は、臓器のつくりそのものが再生向きであることを示しています。逆に、心臓や脳は同じやり方では戻せない。なので、肝臓の強さは「体の設計の成功例」というより、再生と構造維持の両立がたまたま成立した数少ない場所、と見る方が近いのではないでしょうか。

この話は老化の見方を少し変える

テロメア短縮、免疫の誤爆、細胞内junkの蓄積、血管新生の抑制。記事が並べる老化の仕組みは、どれも「修理を止める安全装置」に見えます。ここで重要なのは、老化が単に部品の摩耗ではなく、暴走を防ぐためのブレーキの副作用として起きている、という視点です。これは高齢化をめぐる話にもつながります。私たちはつい、若い頃のように全部を元通りにしたいと思うけれど、その方向はがんのリスクを押し上げるかもしれない。再生医療が期待される一方で、そこに慎重さが必要なのはこのためです。

同時に、この議論は「じゃあ老化は仕方ない」で終わらせる話でもないと思います。がんを抑えながら再生を少しだけ強める、あるいは組織ごとに違う最適点を探す、という発想が必要になる。肝臓のように再生に強い臓器があるなら、その仕組みをそのまま他へ移植するのではなく、なぜその臓器では成立しているのかをほどいていくべきです。この記事は、人体を一律に改造したいという雑な欲望に対して、進化はいつも「何かを強くすると、別の何かが弱くなる」と返してくる、と教えてくれます。そこがこの文章のいちばん実用的なところだと思います。


参考: Why is the human body so crap except for the liver?

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