スマホをハンドルに固定してナビにするのではなく、専用の自転車用コンピュータを自作する。そんな少しマニアックで、でも妙に筋の通った試みが OpenTrailPaper だ。LilyGO の 4.7インチ電子ペーパーボード向けに作られたファームウェアで、地図表示、GPX ルート追従、FIT 形式での記録、Bluetooth センサー接続までまとめて面倒を見る。見た目は地味でも、電波のない場所で走る人にはかなり実用的に映るはずだ。市販の完成品とは違い、これは「買って終わり」ではなく、保護や組み立てまで含めてユーザーが引き受ける開発プロジェクトである点も面白い。
OpenTrailPaper は、LilyGO T5S3 4.7" E-Paper PRO 向けのオープンソース firmware だ。元記事はこれを「DIY e-paper bike computer」と位置づけている。対象のボードは ESP32-S3、16 MB flash、8 MB PSRAM、960×540 の e-paper、BLE 5 を備え、OpenTrailPaper はその上で走行データや offline maps を表示する。対応機能としては、GPX routes の読み込みと誘導、.fit ファイルでの走行記録、Bluetooth の heart-rate や power sensor との連携が挙げられている。
特徴的なのは、スマホを走行中に常時つなげておく前提ではないことだ。iPhone 用の companion app は存在するが、役割は主に準備と転送に限られる。ルートを検索して GPX を端末へ送り、別の地域の offline maps を作り、走行後の記録を取り出し、設定を変え、Bluetooth 経由で firmware update まで行う。Android 版は closed beta で、Discord から参加を申し込む形になっている。いっぽう本体は、地図とルートを読み込んでしまえば、GPS tracking、速度・距離表示、ライブマップ、turn-by-turn の案内、.erg や .mrc 形式の structured workout の実行、Bluetooth センサーの利用まで単独でこなす。アカウントも subscription も不要だと明記されている。
対応 hardware は今のところ LilyGO のその 1 枚に限られる。元記事は、このプロジェクトがまだ完成品ではなく、weatherproof な retail product でもないと強調している。長所としては、直射日光下でも読みやすい 4.7インチの e-paper panel、offline maps やログを置ける SD card slot、GPS・capacitive touch・front light・battery・USB-C が 1 枚に載っていること、Bluetooth 5 による各種 sensor 接続、さらに desktop Chromium browser から USB 経由で firmware を書き込める点が挙げられる。一方で、barometric altimeter がないため climb は map tiles に焼き込まれた elevation から推定するしかなく、総 ascent は estimate になる。GPS も基本的なもので、multi-band module ほどの捕捉性能はない。magnetometer もないので、停止中に地図を進行方向へ向けることはできない。1,500 mAh の構成では front light を消した状態でおよそ 7.4 時間の usable runtime だったという測定も載っている。冬用グローブや雨の中では touch が扱いづらく、裸のボードなのでケースかバッグが必要だ。元記事は、barometric altimeter、multi-band GPS、magnetometer、大きな battery、実用的な hardware buttons、防水ケースを備えたより良い board を歓迎している。
このプロジェクトでまず印象に残るのは、機能の多さよりも、足りないものをかなり正直に書いていることだ。barometric altimeter がないと climb が推定になる、magnetometer がないと停止中の向きが取れない、GPS が基本性能にとどまる、という説明は、普通なら目立たないようにぼかされがちだと思う。だがここでは逆で、その弱さを前提に「だからこれは retail product ではない」と言い切っている。私はこの姿勢に好感を持った。完成品のふりをしないオープンソースは、結局のところ信用されやすい。
しかも、その弱さは単なる欠点の列挙ではない。何を足せば次の段階に進めるかが、そのまま設計メモになっているからだ。multi-band GPS や weatherproof case が欲しい、とあえて書くことで、プロジェクトの現在地が見える。自転車用 computer は、画面を出せば終わりではなく、雨・振動・寒さ・汗・バッテリー持ちまで含めて成立しないと使い物にならない。OpenTrailPaper は、その泥臭い条件を隠さずに晒している点で、むしろ実用寄りのプロジェクトに見える。
iPhone app があるのに、走行中は phone 不要と明言しているのが面白い。最近の製品は「スマホとつながる」こと自体を価値にしがちだが、実際のライドでは通信状況が不安定だったり、通知で画面が散らかったりする。OpenTrailPaper は、route の準備や map の生成、記録の回収だけを phone に任せ、走り出したら head unit 単独で完結する。ここはかなり筋がいい。
とくに offline maps と GPX の組み合わせは、旅行や山道、田舎道と相性がいい。電波を気にせず、あらかじめ必要な範囲だけ持っていけるからだ。私なら、この設計は「スマホの代替」ではなく、「スマホの弱点を避けるための専用機」と見る。Bluetooth sensor の接続も、走行中に必要な情報だけを集める用途に絞られていて、余計な同期やログインを求めない。こうした割り切りは、派手さはないがかなり強い。
OpenTrailPaper は見た目こそ DIY だが、記録や workout のフォーマットはかなり自転車向けの定番に寄っている。走行を .fit ファイルに残し、structured workout を .erg や .mrc で扱う。これは単に「走った距離を表示します」ではなく、トレーニングや後からの分析まで視野に入れた作りだ。つまり、通勤の人だけでなく、ローラー台でメニューを回す人や、トレーニング内容をあとで確認したい人も射程に入っている。
ここで重要なのは、これが大企業の統合アプリではなく、オープンソース firmware だということだと思う。運動ログやルート、センサー情報は、便利な反面、サービス側に閉じ込められやすい。OpenTrailPaper はその逆で、デバイス側にデータを持たせる発想が強い。もちろん、まだ board が 1 種類しかなく、防水でもないので、すぐ誰にでも勧められるものではない。けれど、データの所有を自分の手元に戻したい人には、この方向性はかなり刺さるはずだ。
このプロジェクトを見ていて感じるのは、市販の bike computer を単純に安く置き換えようとしているわけではない、ということだ。むしろ「何があれば自転車端末は十分に使えるのか」を、部品レベルで切り分けているように見える。e-paper の読みやすさ、SD card による offload、USB-C、BLE 5、browser からの flashing。こういう要素は一見地味だが、使う場面を考えると効いてくる。
特に、direct sunlight で読める e-paper は自転車用途と相性がいい。派手なカラー画面は魅力的だが、日差しの下で見えにくいと話にならない。ここで電力消費も抑えられるなら、長距離ライドやツーリングではなおさら意味がある。私は、OpenTrailPaper の価値は完成度よりも「どんな端末が本当に必要か」を具体的に問い直している点にあると思う。まだ開発中で、弱点も多い。でもその未完成さが、むしろこの分野の現実をよく映している。
参考: OpenTrailPaper