この記事を読んでまず思ったのは、「識別したい」という欲望と、「識別できる」と言い切ることの危うさが、そのままぶつかっているな、ということだった。Claude の watermark は invisible で、しかも text をちょっと直しただけの人間の文章にも付くことがある。ここがかなり引っかかる。便利な proofreading のつもりで AI を通したら、あとから「AI が書いた扱い」になるかもしれない。これ、現場ではかなり嫌な事故だと思う。
しかも厄介なのは、その印が「Claude が処理したかもしれない」程度のシグナルにしかならない点だ。完全な証明ではないし、付いていないからといって AI 非使用とも言えない。つまり、ラベルとしては弱いのに、受け取る側は強い意味を読みたくなる。先生や上司、審査担当みたいに「AI の痕跡があるか」を気にする人ほど、雑に二択で扱ってしまいそうで怖い。水印そのものより、水印を見た人間の解釈のほうが事故を起こす気がする。
それと、EU AI Act の「標準的な編集は対象外」という感覚と、Anthropic の「処理したものは広くマークする」という実装がずれているのも面白い。法が求める範囲より広く付けるのは、安全側に倒したい会社の都合としては分かる。でも、その広さが今度は provenance(出どころの情報)を曖昧にする。AI がどこまで手を入れたのかではなく、「一度でも触れたか」になってしまうなら、むしろ現場ではノイズになるのではないかと思った。
参考: Claude's new Scarlet Letter watermark is invisible—for now