この記事を読んで最初に思ったのは、watermarking って便利そうに見えるけれど、実際にやる側はかなり神経を使うだろうな、ということだった。言語モデルの出力に「見えない印」を入れる発想自体はわかりやすい。誰が生成した文章かを後から識別しやすくなるなら、悪用対策としては筋がいい。でも、たぶん現場では「入れられるか」より「どれだけ自然さを壊さずに入れられるか」のほうがずっと難しいはずだと思う。
特に気になったのは、こういう仕組みがうまくいくほど、逆に回避する側とのいたちごっこも始まる点だ。少し書き換えられたら消えるのか、翻訳を挟んだらどうなるのか、短文やコード混じりの文章でも機能するのか。watermarking は技術として面白いけれど、万能な「証明」にはなりにくい気がする。結局、生成物の真正性を一つの仕組みだけで担保するのではなく、ログや署名、配布経路の管理みたいな周辺の設計もセットで考えないといけないのではないかと思った。
Reddit の断片的な議論を読むと、こういうテーマは完成品の紹介よりも、むしろ「どこで詰まるか」を想像するほうが面白い。そこが見えるだけでも、研究としてはかなり価値がある。
参考: Reddit