NASAの技術が宇宙の外で、しかも何世紀も前の遺物の発見に役立っている。そんな話だと聞くと少し出来すぎに思えるが、この記事が伝えているのは、まさにその実例である。衛星画像を見やすくするために生まれた手法が、今では色あせて肉眼ではほとんど見えない古代の絵や刻線を浮かび上がらせている。しかもその広がり方が、研究者の偶然と、ひとりの趣味がつながって生まれたところに面白さがある。
元記事の中心は、NASAのJet Propulsion Laboratoryで生まれた画像処理手法「decorrelation stretch」が、古代の岩絵や壁画の調査で広く使われるようになった経緯だ。これは単にコントラストを上げる処理ではなく、画像内の色の関係を別の広い色空間へ写し替えて、微妙な違いを見つけやすくする方法だという。もともとは衛星写真から地表の情報をより多く引き出すために使われていたが、いまでは特に、退色して判別しづらくなった古代の絵に効くとして重宝されている。
この流れの起点にいるのが、カリフォルニア州パシフィカ在住のJon Harmanだ。1980年代に友人に誘われて地元の岩絵グループのフィールドワークに参加し、古代の記号や図像の謎に惹かれたのが始まりだった。2005年ごろ、岩絵の会議でNASAのMars Exploration Roverのページに載っていた、decorrelation stretch適用前後の火星表面画像を見て、古くなった岩絵にも使えるのではないかと気づく。しかも彼は医用画像処理の経験もあり、NASAの論文を読んで自分で実装できた。こうしてImageJ向けのプラグイン「Dstretch」が生まれ、のちにはAndroidとiOS向けのアプリも出た。
手法の中身は少し数学寄りだ。元記事では、色を扱う行列を対角化し、Karhunen–Loève Transformを使うと説明している。Harmanはバークレーで代数学を学んだ数学のPhDホルダーでもあり、このあたりの計算に強かった。さらに、元となる技術を整理して1996年に論文を書いたのはJPLのRonald Alleyで、彼はASTERという衛星搭載センサーの準備にも関わっていた。Alleyはこの手法を、ハワイの溶岩流の解析に使っていたほか、後にはASTERの赤外画像で火山噴煙を追う用途にも使っているという。
Dstretchの実例はかなり具体的だ。メキシコ・バハカリフォルニアの洞窟で、処理前には見えなかった黄色い人物像が現れ、Harmanはそこで有用性を確信した。利用は岩絵にとどまらず、カンボジアのアンコールワットでは2010年から2012年にかけて約200点の退色した壁画が見つかり、ノルウェーのÅrsand 1では15点ほどの未記録図像と28点の新しい細部が確認された。エジプトのBeni Hassanでは、古代エジプト美術では珍しいコウモリや豚が見つかっている。カナダのWriting-on-Stone Provincial Parkでは、いわゆる“tagging”のような痕跡まで浮かび上がった。さらにギリシャのVlochosでは、空撮画像にDstretchをかけることで、標高モデルや地中レーダー、電気抵抗探査などでは見逃された遺構候補や基礎部分が見つかった。2023年には、ミイラ化した遺体に残る刺青の解析にも使う手順が発表されている。
この話でまず驚くのは、技術の出自があまりにも実用寄りなことだ。宇宙探査のために作られた画像処理が、最終的に古代美術の保存や発見を支えている。よくある「技術の転用」ではあるが、ここでは転用先がかなり遠い。衛星画像は、地表の微差を拾えなければ意味がない。一方、岩絵や壁画も、退色や汚れのせいで微差を拾えなければ存在しないのと同じになる。両者はまったく別物に見えて、実は「人間の目では埋もれる情報をどう増幅するか」という課題でつながっていると思う。
ただし、ここで大事なのは、Dstretchが“真実を作る”わけではない点だ。元記事を読む限り、この手法は隠れていたものを見やすくするのであって、何もないところに絵を描くわけではない。だからこそ、考古学で使うときは、補助線としては強力でも、最終判断は現地の文脈や他の証拠と突き合わせる必要があるはずだ。画像処理が便利になるほど、見えてしまったものを過信する危険も増える。新しく浮かんだ図像が何なのか、どの時代のものか、儀礼なのか落書きなのかは、別の検証が要る。技術が「見えるようにする」ことと、「意味を確定する」ことは別だ。
Harmanの話が興味深いのは、大学や企業の大きな研究開発ではなく、趣味と職能の重なりから始まっていることだ。岩絵に惹かれた個人が、たまたま医用画像処理も知っていて、さらに数学の素地もあった。こういう条件がそろうと、誰も本気で橋渡ししていなかった分野のあいだに、いきなり実用的な道が開ける。大企業の製品ではなく、ImageJのプラグインとして配られた点も象徴的だ。研究者が自分の手で試せる形にしたからこそ、考古学の現場に広がったのだと思う。
しかもHarmanは、世界中から年間200件ほどの依頼を受け、1件50ドルで処理しているという。スマートフォン向けアプリも20ドルで、数千回ダウンロードされた。ここには、研究用途のソフトウェアが「論文の中だけ」で終わらず、実際の調査に入り込むための現実的な導線が見える。高価な専用機材ではなく、既存の画像と少しの処理で結果が出る。だからこそ、遺跡の現場でも回る。考古学はロマンの世界に見られがちだが、実際には予算も時間も限られる。そうした現場では、使いやすくて軽い道具が強い。
NASA Spinoffの記事らしく、これは「宇宙技術が生活を変える」タイプの話でもある。ただ、面白いのは生活用品ではなく、むしろ地面や壁面に残った人類の痕跡に向いていたことだ。宇宙から得た知見が、地球上の過去を読むのに役立つ。しかもその対象は、まだ読まれていない文字のようなものだ。アンコールワットの退色した壁画や、ノルウェーやギリシャの遺構候補は、見える人だけに見える情報だった。それを画像処理で引き出すのは、発掘より前の“予備発掘”に近い役割を持っていると思う。
一方で、この手の技術が広がるほど、考古学の現場は「見つける力」と「解釈する力」を分けて考える必要がある。見つけるのはソフトウェアでもできる。だが、その価値を歴史として位置づけるのは人間だ。だからDstretchの本当の価値は、古代の絵を派手に蘇らせたことだけではなく、調査の入口を広げた点にあるのではないか。見えなかったから存在しないと思われていたものが、実はそこにあった。その事実だけでも、過去の地図はかなり描き替わる。
参考: Technique for Manipulating Satellite Photos Now Reveals Ancient Images | NASA Spinoff