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dorm roomから生まれた“ミリオンドル製品”――nice!nano誕生の裏側

記事のキーポイント

まず何の話?:nice!nanoってなに?

この記事は、Nick Winansさんが大学の寮で作り上げた無線microcontroller board「nice!nano」の誕生秘話です。

ここでいう microcontroller board は、ざっくり言えば小さなコンピュータ基板のことです。
特に nice!nano は、​Pro Micro互換であることが重要でした。Pro Micro は自作キーボード界隈でよく使われる定番の小型基板で、「とりあえずこれを載せれば動く」みたいな存在です。

つまり nice!nano は、​いつものPro Microの代わりに、そのまま載せやすい無線版を目指したボードだったわけです。
この発想、かなり筋がいいと思います。自作界隈では「完全に新しいもの」より、「今ある定番に置き換えられるもの」のほうが圧倒的に広まりやすいからです。

出発点は「無線キーボード、もっとマシにできるはず」

著者は最初から製品化を狙っていたわけではなく、冬休みに無線65%キーボード「Dissatisfaction65」を作ったのがきっかけでした。

ただ、これがうまくいかなかった。
使ったのは Adafruit 32u4 Bluefruit LE というmicrocontroller boardで、QMKという有名なキーボードfirmwareがBluetooth対応していたから選んだそうです。

でも結果は散々で、

という状態でした。

これはかなり痛いですね。
無線キーボードで一番大事なのは、​​「遅くないこと」と「長く使えること」​です。見た目がどれだけよくても、打鍵の遅れが気になると一気に実用品ではなくなります。

著者は、LogitechやAppleのような製品を見て、「DIYでももっと良くできるはずだ」と確信したそうです。ここが面白い。
単なる不満で終わらず、「じゃあ自分で作るか」に行ける人が、ものづくりでは強いんだと思います。

先行製品を調べて、でも満足できなかった

そこから2か月ほど、著者は無線microcontrollerや自作キーボードの世界を掘り下げます。

そこで見つけたのが、当時の候補だった以下の3つです。

著者の目には、それぞれ一長一短でした。

最初は nRFMicro を改造しようとしたそうですが、目標が大きすぎると気づいて、​いっそ最初から作り直した
これ、地味ですが重要な判断です。途中までの苦労を捨ててでも、理想形を追う。若い頃の勢いもあるとはいえ、かなり大胆です。

nice!nanoは週末に生まれた

驚くのはここです。
著者は「週末だけで」nice!nanoの初版を設計したと書いています。

使ったのは主にこのあたり。

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要するに、​既存情報を総動員して、Pro Micro互換の薄いnRF52840基板を作ったということです。

nRF52840 は Nordic のchipで、無線機能に強いことで知られています。DIY界隈ではかなり人気です。
著者は回路図をまとめ、部品表(BOM)を作り、基板配置をして、配線を引いて、引き直して……と進めました。

個人的には、この「週末で作った」という軽さと、実際にはかなり密度の濃い作業をやっているギャップが好きです。
天才っぽく見えるけど、実際は地味な設計作業の積み重ねなんですよね。

名前もロゴも、自分らしく

その次の1週間で、著者は名前を決め、PCB assembler(基板の製造業者)も見つけました。

名前の由来は、オンラインユーザー名「Nicell」。
そこから「nice!nano」という名前にしたそうです。Pro Microのようなメートル法っぽい命名の精神を継ぎつつ、遊び心もある。いいネーミングだと思います。

ロゴは、アンテナの上に置けるような小文字ピクセルフォント風のデザイン。
こういう「機能とデザインの接点」にちゃんと意味を持たせるの、好きです。無線機器にとって antenna は大事なので、そこにロゴを置くのはちょっとした美学があります。

製造は5枚で約100ドル。
学生にとっては決して小さくない出費ですが、著者は慎重に見直してから払ったそうです。

初めて通電した瞬間の緊張感

数週間後、基板が届きます。
著者は「壊れていないか」と怖くてたまらず、最初の1枚を挿すとき目を閉じたそうです。

そして――動いた。

この瞬間、ものづくりの快感が一気に来るんですよね。
「設計図の上だけの存在」が、実物として動く。あれは何度やっても嬉しいはずです。

その後、Lily58という人気の分割キーボードに組み込み、QMKを改造して動作させました。
テストでは、​110mAhのbatteryで数週間持つことがわかり、以前のDissatisfaction65の2,500mAhで数日と比べて、​100倍以上の電力効率改善になったとしています。

これはすごい。かなりすごい。
無線キーボードは「無線であること」自体より、​実用に耐えることが本質なので、この改善はまさに勝利です。

著者が無線化したLily58をRedditに投稿すると、かなり注目を集めました。

コミュニティができて、group buyへ

ここから、単なる個人の試作が少しずつプロジェクトになっていきます。

Discordの小さなコミュニティが育ち、wireless keyboard innovation に関心のある人たちが集まりました。
そして著者は group buy(共同購入)をやることにします。

group buy とは、
先に予約注文を集めて、ある程度まとまった数になったら一気に製造する販売方法です。
少量生産の自作ガジェット界隈ではよく使われますが、かなりリスキーでもあります。

著者は当時まだ学生で、1000枚を前払いで作る資金がありませんでした。
そこで、最低200枚、最大1000枚の予約を受けてから製造する形にしたそうです。

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ところが、販売開始から7時間で1000枚完売。
しかも開始後数分で最低注文数に到達したとのこと。これは気持ちいいでしょうね……。

ただし、ここで喜びだけでは終わりません。
group buyは「他人のお金を預かり、まだ物理製品がない状態で進める」ので、精神的ストレスがかなり大きい。さらにPayPalに資金の一部を止められたりもしたそうです。

著者は、mechanical keyboard community でgroup buyがトラブルの原因になることも多く、資金の持ち逃げや大幅遅延が起きることを見てきたので、​二度とgroup buyはやらないと決めたと書いています。
これはかなり率直で、正直だなと思います。うまくいった人の話ほど華やかですが、裏では相当しんどいんですよね。

ZMKが加わって、無線ファームウェアが整う

製品が届く前後の時期、もうひとつ大きな課題がありました。
それは、​ちゃんとしたfirmwareが足りないことです。

firmware は、ハードウェアを動かすためのソフトウェアです。
キーボードの世界では、キー入力の処理やレイアウト設定、無線通信などを受け持ちます。

著者は既存の選択肢を試したものの、満足できませんでした。
そんな中、Pete Johanson という人物とつながり、彼が Zephyr RTOS を使った無線キーボードfirmwareを作っていることを知ります。

そこで nice!nano の試作機を送り、Pete が早い段階で ZMK を動かすことに成功。
そこから、低消費電力を重視した wireless-first のfirmwareとしてZMKが成長していきました。

これはかなり重要な話です。
ハードウェア単体が優秀でも、ソフトウェアが弱いと製品としては伸びません。
nice!nanoの成功は、​ZMKというソフトの進化とセットだった、というのが本質だと思います。

2021年、ビジネスとして定着

2021年には、著者の小さなビジネスも安定してきます。

著者は、回路図を公開していたので、それを参考にした製品が増えたわけです。
オープンにしたものが広がっていくのは、作り手としては嬉しい反面、少し複雑でもあるはずです。でもこのケースでは、コミュニティ全体が前に進んだ感じがあります。

ただし、著者は気づきます。
多くのvendorが、無線キーボードに必要な部品を全部そろえていない。あるいは、そもそも有線microcontroller向けの品ぞろえ中心だった。

そこで「この領域は、自分たちがもっと良い体験を作れるのでは」と考えたわけです。

Typeractiveの立ち上げ

著者はフルタイムの学生だったので、1人でecommerce storeを回すのは難しい。
そこで、2021年末に両親が退職するタイミングで、父親が「何かやることがほしい」と言っていたのをきっかけに、2022年に家族で Typeractive を始めます。

Typeractive は、wireless keyboard experience に特化したキーボードショップ。
著者は3Dのinteractive configuration toolを作り、無線ボードに必要な部品をまとめて選べるようにしました。

これが大成功で、2025年時点では split keyboard store の中でも大きな存在になっているそうです。

個人的には、この流れがとてもいいなと思います。
最初は「自分が困ったから作る」だったのが、やがて「同じことで困る人を楽にする店」に進化している。プロダクトがそのまま事業の核になる、理想的なパターンです。

2023年、コピー品が2回出る

順風満帆に見えますが、もちろん簡単ではありません。
2023年には、nice!nano の clone(コピー品)がなんと2種類も登場します。Taobaoで出回り、AliExpressや既存vendorの店にも広がったそうです。

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著者はこれをかなりショックだったと述べています。
しかも、そのコピー品は nice!nano として宣伝され、同じfirmwareまで入っていて、挿すと自分の製品名を名乗る状態だったとのこと。

ここはかなりモヤっとしますね。
競争そのものは否定していないけれど、​名前を借りて売るのは違う、という著者の主張は筋が通っています。
もし自分たちでfirmwareを作り、商品名として nice!nano を使わなければ、競争としては許容できたかもしれない、と彼は書いています。

それでも、最終的にはコピー品の品質はあまり良くなく、nice!nanoの売れ行きは続いているようです。
皮肉っぽく「最大のDIY wireless keyboard store が在庫を持っていないおかげかも。Thanks, Typeractive!」と締めているのも、ちょっと笑ってしまいました。

“ミリオンドル製品”は、寮で一晩で生まれたわけではない

記事タイトルはかなり刺激的ですが、著者自身も「ちょっと click-bait だ」と認めています。
実際には、寮の部屋で一発当てたというより、​数年かけて積み上げた結果です。

これまでに 50,000台以上の nice!nano が販売され、売上は 100万ドル超
ただし著者は、努力だけでなく timing と luck も大きかったと率直に述べています。

この分析はかなり納得感があります。
「すごい人がいたから売れた」だけではなく、​市場の空気が味方した。そういう話のほうが実態に近いことが多いです。

この記事の面白さ

この話の面白さは、単なる成功談ではないところです。

つまり、nice!nanoは製品単体の話ではなく、エコシステムの話なんですよね。
ハードウェア、firmware、コミュニティ、販売、サプライチェーンが全部つながっている。だからこそ、ただの「小さな基板」が、何万人ものキーボード体験を変える存在になったのだと思います。

個人的には、ここが一番グッときました。
大きな会社の立派な研究開発ではなく、学生が自室で始めた試みが、世界中の自作キーボード文化に影響を与える。こういう話はやっぱり夢があります。

まとめ

nice!nanoの物語は、「いいアイデアがあれば売れる」という単純な成功譚ではありません。

という、かなり地に足のついた成長の話でした。

そして何より印象的なのは、著者が終始かなり正直なことです。
group buyのしんどさも、コピー品への複雑な感情も、運やタイミングの大きさも、きれいごとにせず書いている。そこがこの文章をただの武勇伝にしていないんだと思います。


参考: I Made a Million Dollar Product from My Dorm Room - Nick Winans

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