Zulipは、ひとことで言うと「整理しやすいチームチャット」です。SlackやDiscordのようなチャットツールの仲間ですが、Zulipの持ち味はtopic-based threading、つまり「話題ごとに会話をきれいに分けられる」こと。雑談が流れっぱなしになりにくく、複数の話を同時に進めても混線しにくいのが強みです。
今回の発表で大きいのは、Zulipの運営体制そのものが変わることです。
この構造、かなり珍しいです。記事でもMozilla、Signal、Wikipediaのような運営の考え方に近いと説明されています。個人的には、オープンソース界隈ではとても筋のいいやり方だと思います。なぜなら、「会社が儲けたい方向に引っ張られて、プロダクトの価値観が変わるのでは?」という不安に、かなり強く答えられるからです。
Zulip Foundationは、Zulipプロジェクトの正式な steward(管理・保全の役割)になります。目的は、最高のteam chat体験を作ること。しかも、特に公共性の高い組織やコミュニティを重視するとしています。
ここで重要なのは、Kandra Labsが消えるわけではないことです。会社は引き続き残り、Zulip Cloudの提供やサポート、改善を続けます。ただし、所有者は財団になるので、外部株主や借金の都合に振り回されにくくなります。
記事では、ビジネス顧客向けの提供も継続し、今後も「信頼できる、透明性のあるベンダー」であり続けるとしています。なので、非営利化=商用利用をやめるではありません。ここは誤解されやすいところですが、実際はかなり現実的です。むしろ「営利を完全に捨てる」のではなく、営利の圧力で価値観が壊れないようにする仕組み、と見るほうが正確だと思います。
この発表のキモは、単なる人事異動ではなく、信頼の設計にあります。
Zulipは以前から、以下のような姿勢を明言してきたそうです。
でも、口で言うだけでは、外からはなかなか信じ切れない。
「将来、広告を入れたり、データを売ったりしないって本当に言える?」という疑問は、今の時代かなり自然です。そこに対して、非営利財団が持ち主ですと示せるのは強い。これは単なるイメージ戦略ではなく、説明責任をかなり減らせる仕組みだと思います。
しかも財団があることで、今まで受けられなかった助成金に応募できたり、個人から税控除対象の寄付を受けられたりします。オープンソース系のプロジェクトは、理想だけでは長く続かないので、こういう資金の通り道が増えるのはかなり大きいです。
Tim Abbott氏は、Anthropicに移ることを選んだ理由として、AIの責任ある開発に強い関心があると述べています。Anthropicは、AIを長期的に人類の利益のために使うことを重視している企業として知られており、そこに強く惹かれたようです。
さらに、Zulipのリーダーを3人の長年のメンバーと一緒に退くことも明かしています。
率直に言うと、これはかなり大きな決断です。創業者が「このプロダクトは自分の人生そのもの」となっていてもおかしくないのに、あえて一歩引くわけですから。
ただ、記事を読む限りでは「Zulipを手放す」というより、「Zulipが自分なしでも生きる形を完成させたので、別の使命に移る」というニュアンスが強い。ここは意外と美しい話だと思います。
ユーザー目線でいちばん気になるのは、「結局、今まで通り使えるの?」という点でしょう。そこはかなり丁寧に説明されています。
継続されるものとして、記事では次が挙げられています。
しかも、Kim Vandiver氏がInterim Presidentとして参加し、移行を支えるとのこと。
こういう「実務を回せる人」をすぐ立てるのは、組織の成熟を感じます。理想論だけでなく、ちゃんと現場を止めない設計になっているのがいいですね。
さらに、Zulipの開発体制についてもかなり自信をのぞかせています。創業者が不在でも、長期の育休中や、彼自身の慢性疾患で大変だった時期にも、チームとコミュニティが開発を続けられた。つまり、Zulipは「誰か一人の才能」に依存しすぎない文化がある、ということです。オープンソースでこれは本当に重要です。
この話、単なる防御策ではありません。むしろ攻めの面もあります。
財団があることで、Zulipはより広く資金を集められるようになります。助成金、寄付、キャンペーン。こうした手段は、商業会社としてはやりにくいことも多いですが、非営利なら筋が通りやすい。
つまり、独立性を守るために財源を増やすという、なかなか賢い一手です。
オープンソースの世界では、「理念は立派だけど資金が続かない」という失速がよくあります。Zulipはそこに対して、会社と財団を組み合わせることで答えを出そうとしている。これはかなり参考になるケースではないかと思います。
今回の発表を雑に要約すると、
という話です。
正直、こういうニュースは「誰が辞めた」「誰が入った」だけで終わりがちですが、Zulipのケースは違います。
むしろ本質は、プロダクトの価値観を、創業者の熱意だけに頼らず制度として残すところにあると思います。
オープンソースやコミュニティ系サービスが長生きするには、技術力だけでは足りません。信頼、資金、文化、引き継ぎの仕組みが必要です。Zulipはそこをかなり真剣にやっている印象で、個人的にはかなり好感を持ちました。