自動車はもう、移動手段だけではありません。いま売られている多くの車は、走行距離や速度、夜間走行の有無、位置情報まで集めていて、その一部は外部業者に渡っています。The Verge の Andrew Hawkins は、この問題がようやく表面化しつつある一方で、規制の議論はまだ的外れだと書いています。車の便利さを受け入れる代わりに、私たちはどこまで自分の情報を差し出しているのか。この記事は、その不気味な現実を整理するものです。
The Verge の記事がまず取り上げるのは、General Motors(GM)に対する FTC の制裁です。FTC は今年初め、GM に対して異例の判断を下し、消費者報告機関や第三者のデータブローカーに顧客データを売ることを5年間禁じました。背景にあったのは、GM が長年、顧客の走行データを集めていたことです。たとえば、どれくらいスピードを出したか、夜間に運転したか、といった情報です。
問題は、利用者の多くがそこまで広範囲に情報が集められていると知らなかったことでした。OnStar のコネクテッドサービスに登録したことで、Smart Driver という機能が有効になり、運転データの収集が始まっていた人もいました。しかも、そのデータは GM から LexisNexis と Verisk という2つのデータブローカーに共有され、そこから保険業界向けのリスクプロファイル作成に使われていたといいます。2024年の New York Times の調査報道では、このデータ収集のせいで保険料が上がったと語るドライバーもいました。
FTC との和解により、GM は位置情報トラッキングを止めやすくし、さらに自社が集めたデータに利用者がアクセスし、削除を求められるようにしなければなりません。ただし Hawkins は、これだけで問題が解決したとは見ていません。理由は単純で、GM だけの話ではないからです。
Mozilla Foundation の研究チームは2023年、主要な自動車メーカーのプライバシーポリシーを何か月もかけて調べ、その結果を公表しました。結論は、どの会社も「horrible privacy and security」だったというものです。しかも自動車本体だけでなく、コネクテッドサービス、スマートフォンアプリ、ローンに関係する金融サービスなど、複数の規約にまたがってデータ収集の条項が入っており、利用者には全体像がほとんど見えません。Consumer Reports も昨年、米国で車を売っているほぼすべての自動車メーカーが、いわゆる「driver behavior data」を他社と共有していると結論づけました。
Hawkins が強調するのは、車はスマートフォンよりも厄介だという点です。スマホなら設定画面でプライバシーを調整しやすいのに、車では収集の仕組みが複数のシステムや契約書に散らばっていて、利用者が何を許可したのか把握しにくい。だからこそ、メーカーが大量の情報をほとんど注目されないまま集め、使い、共有している現状は、ほぼ無秩序に見えると記事は描いています。
この記事で一番大事だと思ったのは、データを「見られる」「消せる」ことと、そもそも「集められない」ことは別だ、という指摘です。規制当局や議員の提案は、しばしば利用者の権利を増やす方向に寄ります。けれど、すでに大量の情報をため込まれてしまってから、個人が一件ずつ確認して削除を求める設計は、あまりにも負担が重い。Hawkins が紹介する批判はそこにあります。データ経済のルールそのものを変えない限り、責任は結局ユーザー側に残り続ける、という話です。これは車だけの問題ではなく、アプリやウェアラブル、家電にもつながる構図だと思います。
記事は、米国政治の右派から出てきた動きにも触れます。Donald Trump の Transportation Secretary である Sean Duffy が、議会向けの書簡で「Freedom Car」という考え方を持ち出し、政府が自動運転システム搭載や無線通信能力を義務づけるべきではない、と述べたというくだりです。ただ、Hawkins 自身が書いているように、少なくとも現時点で「政府がそんな義務を課そうとしている」とは読みにくい。だからこの提案は、実害のある制度を止めるというより、政治的なスローガンとしての色が濃いように見えます。
それでも、あえてこの言葉を出した意味はあるはずです。規制への反発を「自由」と言い換えると、消費者が本当に欲しているもの——たとえば無駄な追跡をしない車、広告を表示しない車、複雑な契約に囲まれない車——が見えにくくなるからです。自由とは、常時接続された機能をたくさん積むことではなく、余計な収集を断れることではないか。少なくとも、この記事を読む限り、そちらのほうが利用者の感覚には近いと思います。
Hawkins は最後に、利用者の間で「もっとシンプルな車がほしい」という需要が確かにあると書きます。安全装備、とくにバックカメラのようなものは受け入れられても、何をしているか分からないセンサーや、スクリーンに広告を出す仕組みは歓迎されていない。BMW を名指しでからかうくだりも、その嫌悪感をよく表しています。
ここで面白いのは、問題の出口が必ずしも法規制だけではないことです。もちろん本筋は制度ですが、消費者が「常時接続型」の新車にうんざりし始めたら、メーカーは選択肢を変えざるを得ません。記事の末尾で、ネット掲示板の利用者たちが「2019年以降で、あまりデジタル接続されていない車」のリストを作っていると紹介されているのも象徴的です。リストが短いという事実自体が、今の自動車市場の偏りを物語っています。
私は、車がここまで“データ収集装置”になったことを、消費者側がまだ十分に実感できていないと思います。スマホなら多少は慣れてしまった人でも、車まで同じ感覚で許してしまうと、生活の移動履歴がまるごと商品化される。保険、金融、広告、都市の監視網までつながる余地がある以上、これは単なるプライバシー問題ではなく、移動の自由の話です。しかも厄介なのは、便利さと引き換えに少しずつ進んだため、気づいたときには後戻りしにくい点だと思います。