Axel's blog の記事タイトルは、かなり挑発的です。
「AI is just unauthorised plagiarism at a bigger scale」
日本語にすると、ざっくり 「AIは、無断盗用を巨大スケールでやっているだけだ」 という感じです。
かなり強い言い方ですよね。しかも、ただの煽りではなく、著者は自分の体験をもとに話しています。
この記事で彼が言いたいことは、要するにこうです。
この「学習」という言葉、AIの世界では当たり前に使われますが、一般の感覚だと少し魔法っぽく聞こえます。
でも著者は、そこをかなり現実的に見ています。
つまり、「学習」と言っても、元の作品や文章を大量に吸い上げているだけではないのか、という疑問です。これはかなり本質的な問いだと思います。
この記事で印象的なのは、著者の怒りがAI企業だけに向いていないことです。
AIを使って記事を書き、商品説明を書き、コンテンツを量産する人たちにも向けられています。
著者は自分でEコマース系のチュートリアルを調べて書いているそうです。
ところが、他の“楽をした”サイト運営者が、ChatGPTに「よく読まれているチュートリアルを真似して」とでもやらせたのか、似た記事を自分のものとして出していた、と。
ここで面白いのは、彼がどうやってそれに気づいたかです。
そのコピーサイトのほうがGoogle検索で自分の記事より上に出ていた。
しかも記事をよく読むと、自分の本物の記事へのリンクが、そのままのリンクテキストで残っていたそうです。
つまり、コピペして、修正もせず、そのまま公開した可能性が高いわけです。
これはかなり生々しい話です。
正直、読んでいて「うわ、あるあるだけど最悪だな」と思いました。
AIの問題って、未来の話として語られがちですが、現場ではもう**“手抜きコピーの加速装置”**として使われている面があるんですよね。そこが怖い。
このブログ記事は、AIの是非を冷静に比較検討する学術論文ではありません。
かなり感情的です。
でも、そのぶん現場の実感が強いです。
特に重要なのは、次の3点だと思います。
AIがネット上の文章や画像を使うことについて、
「公開されているんだから自由に使っていいのでは?」という考え方があります。
でも著者は、公開されていることと、学習に使ってよいことは別だと言いたいのだと思います。
これはかなり重要です。
たとえば、レストランのメニューが店先に貼ってあるからといって、全部写真に撮って自分の店で売っていいわけではありません。
公開されていても、利用のルールは別にある、という感覚です。
昔の盗用は、丸写しなら比較的わかりやすかったです。
でもAIを使うと、文章の表面だけ少し変えて、元の構成や内容を似せることができます。
その結果、「元ネタを探しにくいコピー」が増える可能性があります。
著者のケースでは、リンクの痕跡が残っていたから気づけたわけですが、もしそれすら消していたら、発見はもっと難しかったはずです。
ここはかなり厄介です。技術が進むと、悪いことも“うまく”できてしまうんですよね。
著者は、コピーされた側なのにGoogleで負けたことに強く怒っています。
これはすごくわかります。
一生懸命書いた本人より、雑に作ったコピーのほうが上に来るなら、やる気が削がれます。
検索順位って、今のWebではかなり強い力を持っています。
だからこそ、検索エンジンが何を上位に出すかは、ただの技術問題ではなく収益や信頼の問題なんです。
個人的には、ここはAIそのものより、検索プラットフォームの責任も大きいのではないかと思います。
この記事の文体はかなり荒っぽいです。
最後には「Fuck Google」とまで書いていて、かなりストレート。
でも、だからこそ伝わるものもあります。
私の感想としては、AI=悪と単純化しすぎるのは危険だと思います。
AIは便利ですし、調査の補助や下書き生成、要約など、役立つ場面はたくさんあります。
一方で、著者が言うように、**“誰かの成果を無断で吸い上げて、別の誰かが儲ける”構造**が広がるなら、それはかなりまずいです。
つまり、この記事の価値は「AIはダメだ」と断言することではなく、
AIの便利さの裏にある、不都合で見えにくい搾取の構造をあぶり出していることにあると思います。
特に、コンテンツ制作の現場では、
このブログ記事は、AIの技術論というより、著作権・労働・公正さについての強い抗議文です。
言い方はかなり過激ですが、背景にある問題意識はわかりやすいです。
要するに著者は、
「AIは便利な道具だが、その裏で、他人の創作物を無断で使い、さらにそれで利益を得る構造が広がっている。しかも、それがコピーサイトや検索順位の仕組みと結びつくと、真面目に書いた人が報われない」
と訴えています。
これは、AIの未来を考えるうえで避けて通れない論点だと思います。
便利さに目を奪われるだけでなく、誰の上に成り立っている便利さなのかをちゃんと見ないといけない。
そんなことを考えさせられる記事でした。