2026年3月、高市早苗首相の名を冠した暗号資産「SANAE TOKEN(サナエトークン)」の発行・暴落騒動を整理した前回の記事は、多くの方に読んでいただいた。あれから3か月以上が経過した。当時いちばんの焦点だった問いは、結局こうだった——「20億円規模ともいわれる損失は、本当に補償されたのか?」
結論から言えば、答えは「半分イエス、半分ノー」だ。補償の"方針"と"基準"は確定した。しかし"完了"は公開情報からは確認できておらず、しかもその補償設計には、最も損をした層が救われないという構造的な穴があった。本稿では3月以降に起きたことを時系列で整理し、補償・金融庁・関係者という3つの争点について、現時点でわかっていることを冷静に追っていく。
ここまでが前回の到達点だ。当時の補償は「やります」という方針表明にとどまり、金額も対象範囲も「後日発表」のままだった。問題はその"後日"に何が起きたか、である。
3月5〜6日、運営は「Japan is Back」プロジェクトの中止を正式発表した。「現在の状況および関係者への影響を総合的に勘案した」という説明だった。
3月9日には溝口氏が自身のYouTube番組に出演し、高市首相・政府・関係省庁、そしてプロジェクトの提唱者とされた京都大学の藤井聡教授に対して改めて謝罪。運営側は「販売や手数料による利益はゼロ」と主張し、当局に全面協力する姿勢を示した。
一方で、暗号資産の発行そのものは登録不要だが、二次流通(売買)の扱いは金融商品取引法上のグレーゾーンだとする法律家の見解も出ており、「現時点で明確な違法性を断定できない」という慎重な評価も並んだ。
3月11日には、円建てステーブルコインJPYCを手がける岡部典孝氏がX上でサナエトークンの問題点を指摘し、溝口氏との間で応酬になった。政治家の名前を冠したミームコインの是非をめぐり、業界内部の倫理観の「断層」が露わになった格好だ。
騒動が一段落しかけた4月1〜2日、週刊文春が新たな局面を開いた。
トークンの設計・実装を担った株式会社neuの代表・松井健氏が、実名・顔出しで取材に応じ、「高市事務所の秘書には、これが暗号資産であることをすべて伝えていた」と主張したのだ。さらに、首相の公設第一秘書が暗号資産に"ゴーサイン"を出していたとされる音声データまで報じられた。
ここで構図が一気に複雑になる。運営の中心人物だけでなく、開発を担った当事者が「政権側にも認識があった」と告発する形になり、責任の所在をめぐる「言った・言わない」の泥沼に突入した。ネット上では「内部リーク」「トカゲの尻尾切り」という言葉が飛び交った。
これが最大の焦点だ。順を追って見ていく。
文春報道の直後、4月3日夜に運営は具体的な補償基準を公表した。要点はこうだ。
一部のトレーダーからは「こんな運営は見たことがない」と歓迎の声も上がった。発表時点の市場価格から見れば数倍での払い戻しに相当し、「私財を投げ売ってでも補償している」と評価する声もあった。
ここが冷静に見るべきポイントだ。補償の基準日は「3月2日21時」、つまり高市首相の否定投稿の直前である。
ところが、サナエトークンの最大の暴落は、その日が初めてではなかった。トークンは発行初日の2月25日に最高値(約0.027ドル)をつけ、翌日にかけて約60%急落していた。「首相公認だ」と煽られて初日の高値で飛びついた人たちが、最も大きな損失を被った層だ。
そして補償の基準が3月2日21時である以上、この初日の暴落で大損した人たちは、原則として補償の対象外になる。多くのホルダーから不満の声が上がったのは当然だった。
さらにデイリー新潮の報道によれば、発行前に運営が高市首相の公設秘書宛てにLINEで送った「ご提案書」には、〈本トークンは高市氏と提携または承認されているものではない〉という趣旨の注意書きが記されていたという。つまり、はじめから正式なお墨付きを取りにいっていなかった可能性が示唆されている。「公認」を匂わせて買わせたのに、その被害がいちばん大きかった初日勢は救われない――この非対称が、補償への根強い不信を生んでいる。
そして2026年6月現在、決定的なのはこの点だ。
公式サイト(japanisbacksanaet.jp)の記載は、いまも「トークンホルダーの皆様への補償に向けた対応を進めております」「最新情報は公式Xをご確認ください」という"進行中"の表現にとどまっている。補償が全保有者に対して完了したという公的なアナウンスは、公開情報の範囲では確認できない。
つまり現時点での答えは——
「補償はされたのか?」という問いに、3か月たってもまだスッキリ「された」と言えない。これが現在地である。
前回、もう一つの焦点だった「違法性」と「行政・刑事の行方」はどうなったか。
金融庁は3月3日以降、関連業者への調査に着手した。論点は、運営側が暗号資産交換業の登録をしていなかった点だ。資金決済法では、暗号資産の売買・交換・媒介を業として行うには登録が必要で、無登録は最長5年の懲役または500万円以下の罰金の対象となりうる。
国会でも取り上げられた。片山さつき金融担当相は3月4日の衆院財務金融委員会で「利用者保護の観点から、必要があれば適切に対応する」と答弁。具体的な被害者の告発が出てくるかどうかが一つの分岐点とされた。
そして4月7日の参院予算委員会。立憲民主党の議員から「無断で名前を使われたのなら訴えるべきでは」と問われた高市首相は、運営側が補償を進めていることなどを理由に、自らは法的措置を取らないとの見解を示した。
つまり、補償の進行は単なる被害者対応にとどまらず、「事件化を回避するための事実上のカード」として機能している面がある。「大物ヤメ検(元検察官)弁護士の助言で補償を決めた」という関係者証言も報じられており、補償は法的リスクのマネジメントと一体だった可能性が高い。
専門家の見方は割れている。被害者が限定的なら無登録営業への警告処分で幕引き、という観測がある一方、金融庁の調査は結論まで数か月単位を要し長期化する、という見方もある。6月時点で、行政処分や刑事立件の最終的な結論は公表されていない。
騒動の"黒幕"扱いされた藤井聡・京大教授は、表舞台から姿を消し、言論活動が大きく揺らいだと報じられた。プロジェクトの提唱者という立場が、本人の意図と無関係に重い代償を伴った形だ。
業界全体への影響も大きい。米国では2025年にトランプ大統領が自身の名を冠したトークンを発行し、関係者が巨額の手数料を得たことが問題視され、公職者による金融資産の発行を禁じる法案(MEME法案)まで提出された。日本でも今回の件で、政治家の名前を冠した「政治系ミームコイン」のリスクが現実のものとして突きつけられた。
前回、私は「溝口氏個人が20億円規模を全額補償する法的義務が直ちに生じているとは言い切れない」と書いた。3か月たった今、この評価はおおむね維持できる、と考えている。ただし、力学は変わった。
要するに、「補償したから一件落着」でも「違法だから即アウト」でもない、宙づりの状態が続いている。
3か月を経ても、サナエトークン騒動はきれいに終わっていない。整理すると、現在地はこうだ。
この騒動が残した教訓は、前回書いたことと変わらない。「誰が公認しているか」は必ず一次情報で確かめること。話題性だけで買わないこと。 そして今回はもう一つ加えたい――「補償します」という言葉と、「補償が完了した」という事実は、まったく別物だということ。
金融庁の結論、補償の実施状況、そして初日勢への対応。この夏以降が、この騒動の本当の正念場になる。引き続き注視したい。
※本記事は2026年6月時点の公開情報に基づく整理・考察です。価格や手続きの状況は変動します。暗号資産投資はすべて自己責任で行ってください。本記事は特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。