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デジタルの主権を取り戻すために:欧州クラウドへ移行した話

記事のキーポイント

本文

最近よく聞く「デジタル主権」という言葉、正直ちょっと硬いし、何ならお役所っぽくて眠くなりそうです。
でもこの記事を読むと、その意味がかなり身近に感じられます。

要するに著者は、「自分のデータや仕事の土台を、どこの国の、どんな会社の、どんなルールの上に置くのか」を見直したわけです。
これは単なる引っ越し話ではありません。むしろ、​自分のネット上の生活を誰に預けるかという話です。

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しかも著者は、理想論だけで突っ走っていません。
「便利だから残すもの」「完全移行はまだ難しいもの」もちゃんと残しています。ここがとても現実的で、信用できるところだと思います。

そもそも、なぜ移すのか

著者が感じていた違和感は、ざっくり言えばこうです。

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この不安は、クラウドやSaaSに慣れている人ほど軽視しがちです。
でも考えてみると、メール、分析、バックアップ、支払い、AI、コード支援まで全部を外部サービスに預けていたら、もはや「自分の仕事のOS」を他人に握られているようなものです。

著者はそこに気づいて、少しずつ移行を始めました。

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どのサービスをどう変えたのか

1. アクセス解析: Google Analytics → Matomo

Google Analytics は、無料で便利だけど、結局はGoogleの広告ビジネスの一部です。
ざっくり言うと、​​「無料に見えて、あなたの訪問者データが対価になっている」​サービスです。

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そこで著者は Matomo を自前サーバーで動かす形にしました。
これはいい選択だと思います。データが自分のサーバーに残り、GDPR(EUの個人情報保護ルール)にも対応しやすいからです。

ただし、完全に楽ではありません。
自前運用なので、更新、バックアップ、障害対応は自分で見る必要があります。
つまり、「楽さ」は少し減る。でも「自分で持っている感覚」はかなり増える。ここはトレードオフですね。

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2. メール: Google Workspace → Proton Mail

メールは一番重要です。
なぜなら、ログイン、通知、請求、連絡、復旧など、ほぼ全部の中心にあるからです。

著者は Google Workspace から Proton Mail に移行しました。
Proton はスイスの会社で、EUそのものではないものの、プライバシー保護の考え方がかなり強いことで知られています。

ここで面白いのは、著者が「思想」と「実用」の両方を見ていることです。
Proton は暗号化が強く、メールやカレンダーも使いやすい。かなり筋がいいです。

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ただし、欠点もはっきり書かれています。

このへんは、一般ユーザーなら気にならないかもしれません。
でも、複数の事業やプロジェクトを抱えている人には、わりと痛い制約です。
つまり Proton は「完璧なGmail代替」ではなく、​プライバシーを優先した結果、少し自由度を削ったメール環境だと言えます。

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3. パスワード管理: 1Password → Proton Pass

1Password はすでにかなり完成度の高いサービスです。
だからこれは「明確な上位互換に乗り換えた」というより、​同じ思想圏に寄せた移行に近いです。

Proton Pass はオープンソースで、暗号化も強い。
メール、カレンダー、パスワードを同じ会社の暗号化された枠にまとめるのは、見た目以上に気持ちいいはずです。

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個人的には、これはかなり納得感のある統合だと思いました。
バラバラの会社にアカウントを分散させるより、管理の軸が一本通るからです。

4. Compute: DigitalOcean → Scaleway

ここはクラウド好きとしてかなり面白いところです。

DigitalOcean は、開発者体験がとにかく良いことで有名です。
サーバーを立てるのが面倒じゃない、というのは実はすごい価値なんですよね。

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そして著者は、欧州の代替として Scaleway を選びました。
これが予想以上に良かった、と書いています。

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さらに Scaleway は、サーバーの場所ごとに推定CO₂排出量を表示しているそうです。
こういう「環境負荷を見せるUI」は、地味だけどかなりいいですね。
私はこういうのを見ると、単なる価格競争ではない思想を感じます。

5. Object Storage: AWS → Scaleway

S3互換のObject Storageは、移行しやすいのが強みです。
S3互換というのは、​Amazon S3と同じような使い方ができるという意味です。

著者は rclone という同期ツールを使って、AWSのバケットをScalewayへ移しました。
この作業には1週間以上かかったそうです。データが大きいと、やはり地味に長いですね。

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でも、形式が同じなら移行が「苦行」ではなく「作業」になる。
ここはクラウド標準化の強みだと思います。

6. バックアップ: Backblaze → OVHcloud

バックアップ先は、信頼性と価格が大事です。
著者は OVHcloud を選びました。OVHは欧州で大きなクラウド事業者で、コスト面でもかなり競争力があるようです。

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ただし、設定はわかりやすいとは言えない様子です。
管理画面が複雑で、ライフサイクルルール(古いデータを安い保存形式へ移す設定)がドキュメントの奥に隠れているとか。
こういうの、ほんとに「クラウドあるある」です。便利なのに、設定はなぜか迷宮。

それでも、うまく組めば安くて堅実なバックアップ先になる。
バックアップは派手さゼロですが、失敗したときの被害は派手なので、こういう地味な最適化は重要です。

7. Transactional Email: SendGrid → Lettermint

Transactional email とは、パスワード再設定メールや通知メールのような、アプリから自動送信されるメールのことです。

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著者は SendGrid から欧州の Lettermint に移行しました。
SendGrid は老舗で情報量が多く、完成度も高い一方、Lettermint はより軽く、必要なことをきちんとやるタイプのようです。

著者は、複数アカウントを1つにまとめられてコスト削減にもなったと書いています。
このあたり、思想だけでなく財布にもやさしいのがいいですね。

ただし、SendGridのほうが機能や周辺情報は豊富です。
大規模で複雑なメール運用をしているなら、慎重に比較すべきでしょう。

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8. Error Tracking: Sentry → Bugsink

Sentry はエラー監視の定番です。
アプリが壊れたときに、どこで何が起きたかを追えるサービスですね。

著者は Bugsink に移しました。
これは自前運用のエラートラッカーで、SentryのSDKをそのまま使えるので移行がかなり簡単だそうです。

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ただし、機能はかなり絞られています。
性能監視、セッション再生、高度なアラートはありません。
でも著者の用途は「壊れたらスタックトレースが見えればいい」だったので、それで十分だったわけです。

この割り切り、かなり好きです。
全部入りを追わず、自分に必要な最小限に落とすのは、実は一番賢いことが多いです。

9. AI API: OpenAI → Mistral

AI API は Mistral に移行しました。
Mistral はパリ拠点の会社で、オープンなモデルも出しているのが特徴です。

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著者は、簡単なモデルを中心に使っていたので移行はうまくいったと言います。
これはかなり重要で、​​「最先端モデルが必要かどうか」​をちゃんと見極めているのが良いです。

AIはつい「強いものが正義」に見えますが、実際には用途次第です。
文章補助や軽い推論なら、そこそこ速くて安定していて、データの向き先が納得できるほうが大切だったりします。

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10. CDN: Cloudflareは残す

ここが面白いところです。
著者は全部を移したわけではありません。Cloudflare は残しています。

理由は、Cloudflare が扱うのは公開サイトの配信だからです。
要するに、もともとインターネット上で誰でも見られる情報を、速く安全に届けているだけ。
そのため、メールや個人情報みたいな「秘匿すべきデータ」とは性質が違う、という考えです。

これはかなり筋の通った判断だと思います。
「何でも欧州に置けば正しい」ではないんですよね。
用途によっては、機能の豊富さや防御力を優先して残すのが合理的です。

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11. Payments: Stripeはまだ残す

支払いは一番慎重に扱うべき領域です。
著者は Stripe から Mollie への移行を検討しているものの、まだ完了していません。

Mollie はオランダの会社で、EU圏の決済方法に強いそうです。
iDEAL、Bancontact、SEPA など、欧州らしい決済手段に対応しやすいのは大きな利点です。

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ただ、支払いシステムは単純な移し替えでは終わりません。

こういうものが絡むので、失敗すると本当に面倒です。
だから「まだやっていない」のは怠慢ではなく、むしろ慎重さだと思います。

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12. AI Code assistant: OpenAI → Claude Code

著者はコード支援も変えています。
OpenAI から Claude Code へ移行し、日常のコーディング相棒として使っているとのことです。

ここで著者は、単に性能だけでなく「会社の方向性」も重視しています。
OpenAI の流れに違和感があったので、別の選択をした、というわけです。

Claude Code は推論が強く、コンテキストの扱いも良い、と評価されています。
一方で、Anthropic も米国企業なので、これは「欧州移行」というテーマからは少し外れます。
でも著者はそこを隠していません。
理想と現実は一致しないことがある、と正直に書いているのが好印象です。

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さらに著者は、ローカルAIの可能性にも触れています。
Qwen のようなオープンウェイトモデルは、自分のマシン上で動かせるので、データが外に出ません。
この流れはたしかに面白いです。
今後は「巨大APIに全部送る」時代から、「できるものは手元で回す」時代に寄っていくのではないかと思います。


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この記事の面白さは「思想の押しつけ」がないこと

この手の記事は、ともすると「米国サービスは悪、欧州サービスは正義」みたいな単純な話になりがちです。
でもこの記事は違います。

著者は、

という、かなり実務的な姿勢を取っています。

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だからこそ、説教くさくない。
「理想を語る人」ではなく、「実際に引っ越した人」の話として読めるんです。

個人的には、ここが一番重要だと思いました。
デジタル主権はスローガンとしては立派ですが、現実には「どこまで移せるか」「何を残すか」の判断の連続です。
その泥くささを隠さないのが、この文章の良さです。

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まとめ

この記事は、欧州クラウドへの移行を通じて、​自分のデジタル基盤を自分で選び直す話でした。

便利さだけでなく、

まで考えて選ぶ。
これは少し面倒だけど、かなり健全な態度だと思います。

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そして何より、「欧州の代替サービスは、思ったよりちゃんとしている」という発見が面白い。
単なる理想論ではなく、実際に使える選択肢が増えている。
この事実は、これからのクラウドやAIの使い方を考えるうえで、かなり大きな意味を持つのではないでしょうか。


参考: How I Moved My Digital Stack to Europe

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